COMIC1 見本誌の明治大学図書館寄贈について


すごいひさびさに「同人誌と図書館」がらみの話題。というか正直驚いたのだが,

COMIC1ではサークルさんより見本誌を頂いております。


本来ならば、COMIC1準備会で永久保存したいところなのですが、準備会の事務所にもたくさんのスペースは無くどうしたものかと考えました。


現在、明治大学で新しい図書館(博物館?)らしいものを計画中だと伺い、明治大学でお役に立つならばとCOMIC1の見本誌を、明治大学に寄贈する事に致しました。

http://comic1.sblo.jp/article/14194069.html


とのことで,同人誌即売会COMIC1*1」に提出された同人誌の見本誌を明治大学に寄贈することになったらしい。


この方面に不明な方に説明すると,見本誌というのはコミックマーケットを嚆矢としてこの手の即売会に付き物の制度で,参加するサークルに当日頒布される同人誌のすべてを一部ずつ主催団体に寄贈させるもの*2。つまり,あるイベントで販売された同人誌のフルセット。


見本誌制度はコミケにおいては初回から行われ,時代や即売会によりその範囲はいろいろ変わっており,同人誌の性表現が問題視されるようになってからは刑法175条(ワイセツ表現の規制)に関連する見本誌チェックの目的が加わるなど変遷している。このへんは過去に話題にしたところ。*3
現在,大規模な同人誌即売会ではたいがいこれが行われており,このため各同人誌即売会では開催されるたびに大量の見本誌のコレクションが生まれる。(誤り。見本誌を回収しているのは現在も行われている有力イベントではコミケコミティアとコミック1ぐらいなものでむしろ少数派。訂正を忘れてたので今頃訂正)コミケなどはどこぞに借りた倉庫に年々の同人誌をダンボールごと積み上げてるというし,各即売会はそれぞれに保管したりしてなかったりするものと思われる。
COMIC1はまだ昨年に第一回が開催されたところで,規模的には個人宅等におさまらない量ではないはずだが*4まもなく第二回が開かれるし,今後のことも考えて保管するスペースを当たっていたのかもしれない。


同人誌の図書館への寄贈,というのは実はそれほど珍しいことではなく,特に国立国会図書館あたりには納本された同人誌が大量に存在する。ただし1000スペースを超えるような規模の即売会の見本誌のコレクションがまとめて寄贈されるということは,はじめてではないかもしれない*5が,非常に稀なことではある。


言うまでもなく「同人誌の図書館」について考えている本ブログとしては非常に興味深いテーマ。ということで,この件について調べられる範囲で簡単にまとめてみた。

COMIC1(コミックいち)について


まず第一に「COMIC1ってなんなの?」って話。
自分も地方住みで参加はしたことないので,あくまでWeb等から得られる範囲で整理してみる。


COMIC1は,2007年4月30日に第一回が開催されたオールジャンル同人誌即売会コミックマーケットの共同代表でもある市川孝一氏を代表とするCOMIC1準備会により運営されている。


参考:
COMIC1
COMIC1 - Wikipedia


ポストレヴォ争いとか色々な話はありますが,そのへんはもうちょい詳しいところで見てもらうとして,注意すべき点としては,

  • オールジャンルの同人誌即売会であること。性表現を含む作品も多い。
  • 比較的大規模なイベントであること。1000スペースを超えてるので中規模といったところか。
  • あと,わりと大手(人気のあるサークル)の参加が多かったらしい。


ぐらい。


第一回は東京ビッグサイトにて開催。当初1000スペースを予定していたところ,多数の応募により1553スペース(サークルリストによれば1549サークル)が参加している。


第一回アフターレポート
第一回サークルリスト


今週末の4月27日第二回(COMIC1☆2)が開催される予定。こちらは現在約2500サークルがエントリしている。ちなみに自分は行く予定ナシ。
いまのところ告知はないみたいだが,たぶん第三回も開かれると思われる。

明治大学で新しい図書館(博物館?)らしいもの」とは?


この件のきっかけとなったらしい明治大の図書館または博物館の新館についてだが,調べてみると現在明治大学の和泉キャンパスで図書館の新築移転の予定があるらしい。

明治大学千代田区神田駿河台1ノ1、納谷廣美学長)は、和泉校舎の新教育棟の設計や付属の明治高等学校・中学校調布新校舎の建設などを盛り込んだ2007年度の予算概要を公表した。予算概要のうち、施設関係支出は、対前年度比約55%減の59億6286万円(内訳=建物支出58億7426万円、建設仮勘定支出7860万円)を計上した。(略)
また、新学部設置により、学生総数の増加が見込まれることから「和泉新図書館」の建設も計画しており、現体育館北東側に学生部室とゴルフ練習場を移転新築した後、現第4校舎跡地に建設する。現図書館(延べ約4865平方?)は解体し、守衛所を新築する。

建設ニュース 入札情報の建通新聞社

明治大学の2007年度の予算編成は公開されているが,確かに「和泉新図書館」の文字が見える。
また,明治大学広報の最新号をみると「和泉キャンパスの課題」と題する記事に以下の記述が見える。

 研究の領域でみれば、大学院を中心にした研究体制の整備という課題がある。4年後には、国際日本学部の大学院が設置されることになろう。私は、開設された教養デザイン研究科と、国際日本学部の大学院を統合し、「日本学」「人文学」「平和・環境学」を柱とする新大学院の設置を構想している。そして、この大学院を中心にして新研究機関を設立したいと考えている。12月、アメリカのカリフォルニア大学バークレー校に行く機会があった。マンガを含む「日本学」が確実に定着していることに驚かされた。ジャパニーズ・スタディーズは、世界に発信できる研究領域である。新研究機関は世界の研究拠点となりうると実感した。
 これらの教育研究を支える施設の充実も必要である。新図書館の建設はやっと緒に就くことになった。「キャンパス力」は、目に見えない教育カリキュラムである。 4月、和泉キャンパスにとっては画期的な一歩が踏み出された。

明治大学広報│第594号(2008年4月1日発行)

(太字は引用者)


新図書館の建設が和泉キャンパス整備の重要な課題として述べられているほか,今後の重点課題としてあげられる「日本学」の一要素として「マンガ」があげられていることにも注目されたい。
話題にあがっている国際日本学部については,開設記念シンポジウムではローゼンこと麻生太郎氏がマンガについて講演してたりもするなど,どうも今後この方面を進めていく予定らしい。*6


おそらく,COMIC1の見本誌寄贈に関しては,こうした国際日本学部の活動とも関係があるのだろう。COMIC1のブログに記載のあった明治大学で計画中の「新しい図書館(博物館?)らしいもの」は和泉新図書館で間違いないと思われる。

見本誌冊数の見積もりと図書館の規模


上記のとおり,COMIC1は現在までに1回のみ開催されている。第一回の参加サークル数はおよそ1550。見本誌の冊数を試算するに,初回であることからやや多め*7に1サークル平均2冊と見積もると,だいたい3100冊程度か。


一方,現時点での明治大学図書館の規模を示すと,2006年度の統計*8で,和泉図書館のみで335,238冊,全館で2,204,069冊(いずれも図書のみの数字)である。新図書館建築時には拡張すると思われるので,現時点のCOMIC1の見本誌については比較的余裕をもって受け入れられる規模と言えるだろう。*9


今後COMIC1が開催されるたびに寄贈されるとするなら若干の不安はないではないが,そもそも年間1000タイトル以上の雑誌を受け入れてる館である。問題が出るとしても数年後であろうし,むしろCOMIC1が継続しているかの方が問題だろう。
規模の点で,COMIC1のような中規模即売会の見本誌を保管する上では十分だろう。


(なお,現時点では新図書館は出来てないため,おそらく寄贈するとしても当分はCOMIC1側で預かるか,あるいは明治大図書館のどこかの書庫に保管されるだけで,当分のあいだはいずれにしろ閲覧に供されることはないと思われる。)


上記のとおり,物理的な面では(明治大の図書館職員さんたちが大変かもしれないが)問題はない。むしろ問題となるのは,同人誌の資料としての特殊性,それも社会的,法的な部分だろう。

同人誌寄贈に関する問題(性表現)


第一に問題となるのは,性表現に関する規制である。
上記したとおり,COMIC1はオールジャンルの同人誌即売会である。特に男性向けの性表現を含む作品は多いらしい。この点について考慮される必要がある。


もっとも,COMIC1の代表らはこの方面については(同人誌の性描写規制,という意味ではたぶん日本で一番ぐらいに)知悉しているわけで,おそらくは法的な問題は少ないのだろう。
刑法に関する規制については従来より即売会で規制しており,おそらく一般のエロ雑誌以上に問題は少ない。コミケの見本誌などでは規制の薄かった時代の同人誌もあるはずだが,昨年開催されたばかりのCOMIC1についてこちらの心配はあまり必要はない。
青少年育成条例等については,寄贈した同人誌についての閲覧制限を設けてあれば問題はない(下記する著作権等の問題も含めても,何らかの閲覧制限を行うのが妥当と思われる)。


なお,昨今問題となっている児童ポルノ法に関しては若干考慮の必要がある。現在法制化が進められている児童ポルノの単純所持の規制については,実際の児童のポルノ写真等が規制されているレベルで,同人誌については今のところは問題ない。ただし従来より漫画等のフィクションで児童の性表現を描くものについても児童ポルノと見なす運動があり,これが認められた場合,性表現を含む同人誌の収集が違法化されるおそれがある。
この点についてはこと同人誌の寄贈だけに関わる問題ではなく,反対する運動も進められている。今週末開催されるCOMIC1☆2でも閉会後のトークイベントでこのへんの話をするらしい。


なお,明治大学という公的な施設にこれらがおかれることについても気にする方もいるだろうが,閲覧制限を前提とし,研究を目的とするなら,これ自体はそれほど大きな問題ではないだろう。だいたい大きい大学のコレクションだと春画とか普通にありますしね。
ただし,関係者の反発はあるかもしれない。これについては後述。

同人誌寄贈に関する問題(著作権


第二に問題となるのは,著作権に関する問題。
すべてではないが,多数の同人誌は他人の著作権に抵触する表現(パロディ等)を含む場合がある。このため,問題は同人誌そのものの作者(同人作家)と,それに関連する作品の権利者(原著作者)の2者に分ける必要がある。


まず同人作家の著作権についてだが,実はこれはクリーンである。
見本誌はすべて各サークルから合意を受けて提出されたものであり,すでに譲渡権は消尽している。またもちろん当日頒布されたのと同じものであるから,公表権もなくなっている。その見本誌をCOMIC1の運営が再譲渡したとしても,そこに権利の侵害は働かない。
これらの同人誌を電子化するなどすれば複製権の問題が出てくるが,単に閲覧させるだけであれば権利の侵害はない。複製についても,著作権法31条(図書館の権利制限)の範囲であればコピーをとることは可能である。通常図書館で行うサービスの範囲では,同人作家の著作権は一切侵害していない。


ただし,法的に問題がないからといって,問題がないわけではない。即売会はたくさんの参加者と作っていくイベントであり,信頼関係が大事だろう。すでにこの件には「寄贈するんなら見本誌提出しない」等,反対する声も散見される。
そのへん考えていないとは思えないが,対応を考慮されてしかるべきだろう。


次に,原著作者の著作権について。
同人誌に他人の著作権に抵触する描写があり,それを侵害として問題視された場合,寄贈された見本誌は違法な複製物(複製権の侵害とみなされた場合),ないし違法に複製・譲渡された二次的著作物(二次的著作物とみなされた場合)となる恐れがある。
この場合,明治大学が違法な著作物の複製物を所持することになるため,問題視される可能性はある。


こちらについては,はっきり言ってしまえば権利者次第,である。実際,状況としては各同人誌即売会が開かれているのと大差はない。問題視されれば,即売会に閉じた頒布であっても差止め・損害賠償等の訴訟を受ける恐れはある(あくまで可能性の話だが)。
ただし,即売会程度であれば見逃されていた侵害行為が,委託書店等での頒布や,それが大規模となった場合に認められないこともある。それと同様に,大学に寄贈されたことで問題視される程度が強くなる可能性はないでもない(委託書店や中古販売,スキャンでの無断頒布などに比べればマシだろうが)。このへんは考慮が必要かもしれない。


この点は,同人作家らが権利者から訴訟を受ける可能性を高める(可能性がある)とも言えるため,サークル側の反発を招く一因ともなるだろう。

同人誌寄贈に関する問題(個人情報)


第三の要素として,同人作家の個人情報の問題もあったりする。実際のサークル側の反発としてはこのへんは一番大きいかもしれない。即売会という閉じた規模での交流であるから自身の住所等を晒せるのであって,公共の,誰でも閲覧できるような状態に置かれるとしたら抵抗があるだろう。
実際,同人誌は個人情報の宝庫である。有名な作家やブロガーが昔だしていた同人誌に本名や住所が載っている,なんてことはある。有名人でなくても,たまたま自分の本を読んだ人が知り合いだったりしたら色々と気まずい。
仮に,研究目的のみでの利用であり,一般の学生などは閲覧もできないとしても。このへんの問題は気になるところかもしれない。運用によって抵抗を緩和できる部分もあるだろうし,どうしても嫌がる人もいるだろう。
自分らが頒布しているものであるから,法的には他者への譲渡などを規制することは困難だろうが,やはりこのへんもサークルとの信頼等の点で問題があるように思われる。

同人誌寄贈に関する問題(寄贈を受ける側の反発)


最後に検討すべき点として,寄贈を受ける明治大学側の問題がある。
なんだかんだ言っても,エロパロ同人誌である。在学生・教職員・卒業生・保護者等に,反発がないと言ったら嘘だろう。
このへんはどう転ぶかわからないし,個人的には研究目的として大目に見て欲しいところである。明治の校風はあんまり知らないのでこのあたりは予想できない。


あと,突然数千冊の同人誌寄贈されても対処に困るよね,と同じ大学図書館職員としては同情するところだったり。いや,自分が担当だったら大喜びで目録とりますが。




以上をまとめると,問題となるのはおおむね

  • 児童ポルノ法ら,性表現規制の法律の今後の動向
  • 原著作者の権利の侵害
  • サークルの反発
  • 大学関係者の反発


の4点ですかね。いずれもなかなかめんどくさい問題と言える。
とりあえず目下の問題はサークルの反発だろうか。次回まであと数日ですし。

さいごに


感想みたいなものを。


同人イベント関係のブログで今日この件を知ってびっくりしたんだが,いくつか調べてみると確かにありえない話ではないらしい。というか寄贈すること自体は決定なのかな? 明治大が受け入れるかどうかは不明だけど,まさか一方的にCOMIC1が寄贈しようとしているわけでもないだろうし,おそらくは国際日本学部のマンガ研究等の活動と関連した,研究目的で話が進んでるんだろう。


明治大学は故・米沢嘉博*10コミックマーケット代表の母校でもある。あるいは,コミケの悲願の一つであるコミケット図書館計画とも関係した活動なのかもしれない。*11
仮に,コミックマーケットの蔵書すべてを寄贈し保管することができるとしたら,これまで検討してきた同人誌図書館の考察上はかなり良いケース(外部から費用負担を受けられ,保管のための設備・職員を用意でき,また図書館として研究目的で利用できる)といえる。コミケ見本誌の寄贈まで考慮している,とはさすがに考えすぎだろうが,少し期待したい気持ちもある。


個人的に,図書館の学問上も,同人誌の資料保存は非常に重要だと考えている。同人誌はある一つの文化活動の重要な場でありながら,ほとんど公的な収集・保存の進んでいない分野でもあり,何らかのかたちで図書館的な施設での大規模な同人誌コレクションの保存が必要だと以前から思っていた(からその手の記事をここで書いてきたわけであるが)。
COMIC1の見本誌は,いまのところ同人誌のコレクションとしてはまだそれほどの規模ではない。数千冊程度の量であればすでに所有している人はいるだろうし,たぶん自分も持ってる。回数を重ねていく中で規模としては今後大きくなるだろうが,世界最大の同人誌コレクションとなってしまっているコミックマーケットの書庫に比べればまだ小さい。このため,この見本誌寄贈自体が同人誌文化保存の問題の解決となるわけではない。
しかし,現役で開催している中規模以上の同人誌即売会が公に図書館に見本誌コレクションを寄贈するという事例は,少なくとも国内でははじめてだろう。ここで考察したとおり各種の問題はあるが,むしろそれらの問題をどう解決していくか,を含めて注視していく必要があるだろう。


(……行きたいなあCOMIC1;)

*1:こみっくいち,と読む

*2:ただし,通常は過去に提出されたのと同じタイトルについては再度の見本誌提出は求めない。

*3:このへんに限らず,過去記事は[同人誌と図書館]タグからたどれますので興味があれば。

*4:後述するが1550スペース程度しかなかったようなので,せいぜい数千誌。コミケで毎回数百冊を買うよくいる参加者が10回もいけば超える程度の量である。

*5:とある即売会から寄贈された大量の同人誌が未整理なまま転がってる図書館がある,なんて話もあったり(謎

*6:ちなみに国際日本学部の専任教員には『趣都の誕生』の森川嘉一郎氏なども見える。

*7:はじめてのイベントなので,新刊以外に既刊もすべて見本誌として提出する必要があったため

*8:2007年度は未掲載

*9:さすがにコミックマーケットの見本誌全部だと無茶かもしれないが

*10:本名は米澤ですが,コミケ関係では「沢」を用いるのが通常だったらしい。

*11:そういえば米沢氏の遺品の本なども受け入れ先は決まってなかったような気もする。母校への寄贈というのは定番だなあ。