一つの理想郷


戯れにはてなキーワードから「図書館」を言及してる記事をあさってたら,こんなのを見つける。

■[書店][冗句]買ってまで読みたくない本


そんなもの存在するのかな?


読みたいけど価格が高すぎると感じるなら買わずに読まなければいい。


価格分の価値があると思ったら買って読めばいい。

買ってまで読みたくない本 - 震撼書店員の日々(バイト編)

諸橋大漢和やら平凡社大百科やらを,使うからって学生全員に買わせてたら大変なことになるし,そもそも図書館等で買われることを前提に出版される本というのもある(日外アソシエーツレファ本とか。一冊数万します)。「存在するのかな」なんてあるに決まってるだろバカヤロ,と最初脊髄反射的にブクマしてしまったが,まあ[冗句]とついてるくらいだから分かって書いてるんでしょうね。
id:mayoneezさんは書店のコミック担当であるらしいので,そりゃその手の回転の早い本なら値段で躊躇するのは馬鹿らしい。*1言ってることは間違ってるが,書店さんの感覚としては正しいかもしれない。


自分の場合,図書館で読めるから書店で買わない,ということはしないが,代わりに書店で買えるからといって図書館で借りない,ということもない。そのとき出会った場所で入手するのであって,その場所は書店でも図書館でも古書店でもリサイクル本コーナーでもゴミ捨て場でもかまわない。*2どこで出会えるかが問題なのであって,何が真っ当か,という判断はあまりしない。


しいて言えば,漫画類はあまり買わない。うっかり書店で全部立ち読みしてしまうときもある。*3謝罪も込めてそれができる書店では多めに本を買ったりもするけれど,それは偽善なんだろう。
ただ,漫画類を買わないのは別に金銭的な問題ではなくて,どちらかというと買い出すと置く場所がなくなってしまうからでスペースの問題。本を捨てられない性質なので,思うままにコミックスを買い集めてしまうと部屋が埋まる。それが困るので,本当に好きなタイトル以外は漫画は買わないことにしている。同人誌はもってるのに原作もってないなんて馬鹿なケースもある。*4


で,まあこういう言い訳でなんとか言い逃れできるかな,と思ったのだけど,よくよく考えれば自分が本を捨てられないのがいけないのであって,まったくの詭弁なんだろう。


そういえば,世の中にはいともたやすく本を捨てられる人もいるらしい。それも,部屋が手狭になったからなどではなく,読み終わったらさっさと捨てる。がんがん捨てる。ばんばん捨てる。
以前に本で読んだある人は,通勤列車で読んだ本を,降りたホームですぐ捨てるらしい。別に作家を軽視してるとかでなく,それがライフスタイルなんだろう。
暴れん坊本屋さん』の店長さんは,毎月何万円分もの本を買うが,そのことごとくを読んだ端から捨てていく。朝に自分の店で買い,昼休みに読んで,休み時間の終わる頃にはゴミ箱にポイ。なんとも清々しいことである。


こうした本との接し方は,自分にはとても真似ができないし,そういう存在がいることを理解できても共感はできなかった。だがよくよく考えれば,スペースを理由に本を買い控えたり,あるいは読んだ本を古書店に売られたりするよりは,ああいうふうに買った本を端から捨ててくれた方が出版社や書店にとっては良いことになる。「買って読む」が唯一正当な本の入手だとするならば,本読みがとる道はもはやこれしかない。


ここで,先日より話題になっている森博嗣の言及を思い出されたい。

ただし、僕自身はまったく気にならない。自分の本が中古で売られようが、図書館でただで読まれようが、まったく気にならない(図書館よりは、中古販売の方が少しましか)。たとえば、「もう森博嗣なんか金輪際読むものか!」と本を山積みにして燃やされたとしたら、そちらの方が、古本屋や図書館よりは、多少良い状態かな、とは正直思うけれど……。

http://blog.mf-davinci.com/mori_log/archives/2007/05/post_1142.php

森氏はデビュー当初より,小説は自分にとって金稼ぎの手段である,と明言している。それが本気なのかポーズなのかは分からない(自分はそれが本気でありかつそういう姿勢を格好良いと思っていた)。そのため,そもそも森氏には作品に対する執着というものが薄いのだろう。
このことを考えれば「本の廃棄への抵抗」という表現者らしい執着のない森氏が「本を燃やされる方が良い状態」と言い切るのは,実は不思議じゃない。ビジネスとしての合理性を重視して(そのことにあまり執着しないまでも)古書店や図書館を悪と考えるのは,よくよく考えれば彼らしい。
つまり,公貸権(図書館で本を貸すことに著作権料的なものを課す制度)的なことを言及するのも「守銭奴であるから」でなく「読まれるかどうかはどうでもいいから」なのでしょうね。読まれること自体に価値をおかないなら,問題になるのは売れるかどうかだけなわけで。そりゃ中古で売り買いされるよりもケシズミにしてくれた方が嬉しい。別に作者をDISる気持ちがなくても,読んだ本はさっさと燃やしてくれた方が作者にとってはいい。*5


ただ,かつてはコミックマーケットに続く初期の同人誌即売会の一つを主催した人物でもある*6ことを考えると,なかなか考えさせるものがあります。表現を世に出すために尽力した人が,自分の表現が読まれることに対してここまで冷静になれるとは……。


しかしこうして考えると,「商品として」本を扱う出版社や書店にとってみれば,本なんて買ってもらったら後は捨ててくれるのが一番なのでしょうね。つまり,


本は買ったらすぐに読め。
読んだら捨てろ。
売るな貸すな借りるな残すな読み返すな。
あとで読みたくなったなら,もう一度買え。


と。それが出版界にとって望まれる本との付き合い方であり,誰もがそうすることが,本にとっての一つの「理想郷」なんでしょう。*7


自分にとってはディストピアにしか思えないのですけどね。

*1:たまーに「うわ800円の漫画? 高い」とか言う人が知り合いにもいるが,だいたい3000円を下回るくらいの本って“安い”んですよ。文庫やコミックスがさらに廉価なだけ

*2:ネット書店はすぐに手に入らないのでちょっとだけ抵抗がある

*3:カバーとかは絶対にはがないけど

*4:これは真面目にやめようと思ってるのだけど;

*5:さすがに読んでもいない本を燃やせ,とは言えないだろう。そっちの方が売れる可能性があがるとしても

*6:コミックカーニバルを主催したグループドガの主宰者の一人でした。コミカ開催前にはコミケのスタッフと一緒にコミケin一橋祭なんてイベントをやったりもしてたらしい

*7:別にこういうことを上記の記事らが書いてるというわけではなく,合理性を推し進めたらそうなるよな,って話ね。