本の里親探します。


上記の記事は東京新聞社で保管していたスクラップブックをとあるセンターに寄贈したという話で,資料保管の観点からするとわりと興味深い話なのだけれど,どっちかというと気になったのはこの寄贈されたセンター側。


武蔵野市図書交流センター

武蔵野市図書交流センターは、持ち主の手を離れた蔵書コレクションの有効活用を図ります。
大切に集められた本が、新しい読み手に出会って、生き返る−
先人の知恵や知識が、失われることなく受け継がれていく−
市の財産である貴重な情報遺産が消え去ってしまわないように、武蔵野市の新しい挑戦です。


具体的には,武蔵野市在住の人の個人蔵書の寄贈を引き受け,公共図書館や大学・学校等に寄贈し,ものによっては保管し,あるいは安価に販売したりする事業とのこと。要は,育てられなくなった子猫を預かって里親を探すようなサービスですね。
どこでやってるのかよくわかりませんが,一応市の事業のようです。表立ってはいないですが,基本的には市立図書館と提携してる様子。


コンセプトだけ聞くとネットワーク版矢祭町,って感じなんですが,基本的に1000点以上のコレクションで委員のお眼鏡にかなうもののみ収集するというから,わりと学術的・教養的なものに偏るかもしれませんね。*1矢祭町みたいにお手軽に寄贈,ってわけにもいかない感じ。
余ったのは販売もするようですが,リストをみるとけっこう一般的な全集のバラだとか,朝日ジャーナルだとか,いまいち売れそうにない感じかも。あ,でもフランスの美術展の図録ってのはちょっといいかも。まあそれほど入手困難でない部類のものかもしれませんが。


受入冊数などの実績や,議事録等をちゃんと公開してるのは偉いですね。試みに受入冊数(引き取った本の数)と提供冊数(里子に出した本の数)をテーブルにしてみますとこんな感じ。

年度 受入冊数 提供冊数 年度合計 累計
H15*2 約30700冊 約11760冊 +約18000冊 +約18000冊
H16 約9200冊 約11000冊 -約1800冊 +約16200冊
H17 約7000冊 約6700冊 +約300冊 +約16500冊
H18(途中経過) 約7850冊 約8040冊 -210冊 +約16290冊


概数を概数で引いたりしてるので真っ当な統計じゃありませんが,初年度の30000冊(たぶん,これがこの事業をはじめた動機なんでしょうな)はともかく,年間数千冊を受入れ,同程度の冊数を内外の図書館や研究室に寄贈してるらしい。現在在庫も1万冊程度は確実にあるはず。受入冊数の累計だと4年で5万冊強。


ちらっと検索しますと,武蔵野市の市議さんのblogでこの図書交流センターが取り上げられてました。


武蔵野市議 川名ゆうじの武蔵野blog:図書交流センター 今後の公共図書館のキーポイント - livedoor Blog(ブログ)


市議さんの感想だと,寄贈本を保管してる施設(廃校を利用)がすでにして一つの図書館みたいな装いらしい。その他,いろいろと詳しいことも書いてあります。


こちらの市議さんはどうも武蔵野プレイス(仮)(図書館や市民のためのスタジオ,公園などが一体になった施設,にするつもりらしいもの。詳しくはリンク先参照)に関わってる方らしく,その関係か,図書館についていろいろと勉強してるようで,blogでもあちこち図書館関係の記事がありますね。
この前の図書館総合展にも行かれたようですが,ちょうどあそこのフォーラムで武蔵野プレイス(仮)の話が出てて,自分も聞いた覚えがあります*3。まあ正直「夢みたいな話」という印象を覚えましたが,実現したら面白いなあとは思いました。ただ,あそこでは上記の図書交流センターの話は一切聞かなかったので,なんかいろいろややこしそうだなあ,という印象。世の中複雑ですね。


で,図書交流センター。何だか裏事情もありそうで気になるところですが,コンセプトとしては評価できます。要するに,誰かにとっていらなくなった本を引き取り,必要なところに渡すと。片や邪魔な蔵書*4を片づけられ,片や貴重な資料を入手でき,お互いに何か良いことをした感覚でWIN-WINと。よいことです。
まあでも,すべての公共・大学図書館が普通にまとまったコレクションの寄贈を受け入れてくれていれば,こういう施設はそもそも成立しないんですよね。昔は実際そんな感じで,どこの図書館でも名前のついたコレクションの一つや二つは普通にあります。順当に考えればすべて武蔵野市立図書館が受け入れるべきで,それでもそうならなかったということはつまり,受け入れられるだけの余裕がないんでしょう。お寒い話です。


図書交流センターでは現在,受入に関しては市内限定,提供に関しては全国という形でやってるようですが,理想をいえば受入も広域でやるべきなんですよね。あと,まとまったコレクションのみなんてケチなことを言わず,持ってきてくれればなんでも一冊から引き取りますよ,とか。もちろん一市の小規模な状態ではそこまではできないので,各県でひとつぐらいずつ作ってネットワークを使って,と。寄贈本をあちこちで交換してまわるネットワーク。いいような気がする。


でも新たに税金使ってそんな施設をあちこち作る余裕はどこの自治体にもないわけで,現実的な解としては既存の施設の応用。じゃあどこがそんなことやれるんだといったら……結局,図書館に戻ってきてしまうわけで。施設あるし,ネットワークあるし,そもそも専門だし。
でもその図書館が引き受けられないから……リピート。


まあ実際,大学図書館なんかでは廃棄本の図書館間での交換ってのはよくやってるのですよね*5。ただ,個人寄贈のをそういった弾力的に運用する,という発想はあまりないし,寄贈者の感情やら職員の労力やら*6で,この図書交流センターみたいなことはやはりまだ難しい。ただ,やったら面白いな,とは思う。
そういう意味で,この武蔵野市図書交流センターの活動はちょっと注目。


(まあでも,本気で図書館を通した不要本交換ネットワークが整備されだしたら,出版崩壊がさらに進むような気も。無料ブックオフみたいなもんですからねえ)
(それを言ったら,先日の貸し本棚も似た性格はあるんですが)

*1:もっとも,市民に児童書を募って集めた,みたいな実績も載ってるので,その年のやり方次第,というところかも。

*2:15年度のみ合計数が出てなかったので,文中の数字の合算。約〜を足してるので多分真っ当な数字じゃありません。

*3:でも市議さんのblogでそのへんの話が出てないね。

*4:故人のコレクションは,遺族にとっては邪魔以外の何物でもない。

*5:公共図書館はよく知らん。医学系の図書館だと年中行事で外国雑誌のバックナンバーが各地を飛び回ります。

*6:まあ,どんどん定員減ってキツいのは大学図書館も同じ。