さいきんの学校図書館の話


2月の「大学の図書館」*1の特集が,何を思ったか*2「高校生の図書館事情」なんて特集をやってて,それの内容がわりと面白かったので紹介してみる。

生徒にとって図書館とは


最初の岐阜県立加茂農林高校の司書の方の報告では「生徒にとっての図書館とは」として高校生の図書館利用の類型を述べてる。普通に図書館として貸出を受けるとか,ほとんど勉強部屋扱いしてるとかは予想がついたけど,第2の保健室化してるというのは面白かった*3
で,それ以上にふいたのが以下。

3 図書館とは秋葉系同好会の部室。
 放課後や昼休みに集合する。いわゆる「秋葉系」の生徒たちがクラス・学年を越えて集合し,コミケ,コスプレ,アニメの話しで盛り上がる。あまりのオタクぶりに他の生徒は近づかない。本はライトノベル中心に良く借りる。偏ってはいるが,かなりの読書量。同じ傾向のリクエストを際限なくして,どこの高校でも司書泣かせ。

(「大学の図書館」26巻2号 p.18-19)


あー。。。。思い当たる節がありすぎて困る。。。そういや自分も高校時代,毎日オタ仲間と図書館でダベってた記憶が。それどころか,うちの高校は(自分も含めて)毎年の図書委員長がこのタイプだったな。。。*4どこの高校もこうなんですねえ。

進学校の矛盾


また,ほかの高校司書さんの論文でもよく言われてるのですが,進学校では職員にも学生にも時間がなく,とても図書館で本を借りて存分に読書する,なんて余裕はないとか。かなり厳しいらしい。たとえば群馬県立女子高等学校の司書さんの話。

私自身は授業で図書館が使われることに強いこだわりを持っていたために,前任校までは相当数の教科連携を行っていましたし,自習時間などをいただいて図書館独自の利用指導演習を,多い時には年に15時間ほど行っていたのですが,それは大学受験に縁のない現場だからこそ可能だったことであり,皮肉なことにそうして調査法やレポートの書き方を身につけた子たちのほぼ全員は,大学に進学することはないのです。かたやほとんどの子が大学進学する現任校では,とてもでもありませんが,そんなことが行える余裕は生徒にも教員にもありません。

(同 p.24-25)


大学図書館の中の方では,昨今リテラシー教育だのがよく言われております。レポートの書き方であるとか資料の探し方であるとか。以前はどっちかというと図書館でよく言われてた気がするのですが,最近は大学側でも問題意識をもってきており,大学で情報学習のための専門の授業を用意したり,図書館で講義をひとつもってそのへんをみっちり教え込んだりをいくつかの大学でやっています。学術研究には知識の詰め込みも大事ですが,自分で物事を調べて考察できる,ってことが一番即戦力になりますので,こうした基礎力は非常に大事であり,この司書さんのような試みは大変助かります。
しかし,それができるのは大学にはいかない(いけない)子供たち相手でしかなくて,大学に進学してくる子たちにはとてもそんな余裕はない,というのが現場の実感であるらしい。まあ大学にいかない子たちにもその経験は無駄にならないと思うのですが,大学の中の人としては,なんというか,残念な現実。


まあ,必須科目すらろくに授業うけずに受験するのが常態となるくらいですしね……。根本的な問題があるのでしょう。
中学とかはどうなんでしょうね。同じような状況であるなら,最近話題になった小中への学校図書館の予算措置などがあっても,受験勉強でろくに活用できない,なんて惨憺たる結果になったりして。まあそれ以前に,常任の司書さんのいる図書室が珍しいかな?

高校生にとって理想の図書館とは:図書館を十傑を選ぶ


まあ以上は実は前座。本題にしたいのはこの最後の論文。
以前にニュースになった,慶應義塾志木高等学校の「図書館十傑」の詳しいレポートです。高校生が独断と偏見で(?)10個の優れた図書館を選ぶ,という企画。ずっと気になっていたので,この論文を目にしたときは小躍りしました。

参考:埼玉県の高校生が選ぶ図書館十傑 | カレントアウェアネス・ポータル*5


この授業そのものは,けっこう本格的に,高校3年生の選択授業として毎週2時間ずつ1年間行われた授業だったらしい。高校3年で図書館の授業に時間を使えるだなんて,前の群馬県立さんのところ見てるとすごい違いですね。慶應の付属校だからこそできる,ってのもあるんでしょうけど。


授業の内容は,最初は図書館の使い方を学ぶとか,自分たちのよく使う図書館のレポートを書かせるとか,慶應大の図書館を使ってみるとかのまあ予想できる内容だったようですが,夏休み明けの課題図書の読書会で『新版 図書館の発見 (NHKブックス)』と『未来をつくる図書館―ニューヨークからの報告― (岩波新書)』という非常に対照的な図書館本*6を読んだあたりから脱線がはじまる。
その後の話し合いをへて,11月,例の「図書館十傑」のアイディアが決まる。*7それぞれが校外の図書館へのインタビューとフィールドワークを行いながら,図書館のさまざまな事柄について話し合い,どのような図書館が自分たちにとって理想的か,十傑を選ぶ基準をどう設けるかを相談して決めていった。その基準とした項目が掲載されていたので,以下に引用する。

図書館十傑採点用紙
図書館名(            )


以下の条件に当てはまる場合には○,_には点数を記入してください。

  1. 周辺は緑に恵まれた環境である。( )
  2. 駅から10分以内。または駐車場・駐輪場あり。( )
  3. 閉館時間*8:17時以降30分ごとに1点加点。_点
    • 例えば17時までなら0点,20時までなら6点。10点満点。
  4. 書架と書架の幅:2.4メートル以上( )
  5. 蔵書20万冊ごとに1点加点。200万冊で10点満点,それ以上の場合も10点と数える。提携館ありは+2点 _点
  6. 司書 レファレンス専用カウンターが設けられている。 ( )
  7. 館長に司書資格あり。( )
  8. トイレが清潔である。( )
  9. 非常に興味深い企画を行っている。( )
  10. インターネットに接続できるパソコンが10台以上設置されている。( )
  11. 個人の閲覧スペース*9あり。( )
  12. 美しい建物だ。( )
  13. 休館日:週2日以上0点,週1日10点,週1日以下20点*10 _点
  14. 蔵書検索システムOPAC(20点満点)_点
    • 在宅検索可・予約可10点,キーワード検索可+5点,目次・内容検索可+5点


1,8,12の項目は5点,それ以外は10点で採点する。*11

(同 p.27)


ざっとみると,高校生が思いついたというわりには,意外と図書館の一般的評価に近い気がする。館長の司書資格の有無まで評価に出てくるとは。けっこうちゃんと勉強しているらしい。司書の評価がレファレンスカウンターの有無しかないのはちょっと疑問ですけどね;


十傑の候補としてあげられたのは,彼らが訪問したり,レポートを書いたりした図書館84館。ほとんどが関東圏だけれど,長野市立長野図書館,福島県立図書館,弘前市弘前図書館,熊本県立図書館がやや遠方でも名前が挙がっている。内容はほとんどが公共図書館だが,専門図書館もかなり見つかる。大学図書館は埼玉大が入ってる程度でほとんどなし(なんで慶應義塾はいれなかったんだろう?)。面白いところで,さいたま市立浦和図書館の移動図書館なんてのもあがっていた。


評価は上記した基準での点数方式。それで選ばれた最終的な十傑は以前にも報道されたとおり以下の10館。


もっとなんか印象とかで選ばれてたのかなー,と思っていたのですが,かなりしっかりした評価だったんですね。惜しむらくは,近県の図書館しか対象になってなかったことか。まあこれは仕方ない。


ここで使われた評価基準は,慶應義塾の付属校という特別な立場をふまえても,大学進学間近の高校生の図書館ニーズの一つの参考にはなるかもしれない。学生集めの一つの材料になりますね。大学の中の方々は,自分のところが何点くらいになるか考えてみると面白いかも。

おまけ


それと高校生たちがもらした自由な意見の中で,面白いのがあったでおまけで紹介。

個人研究を進めていく中で素人にもわかりやすい医療情報の不足に突き当たった生徒がいた。専門的な論文が探し出せても,それを読みこなす為のツールがまったく見当たらないという。これは高校生だけの問題ではないだろう。

(同 p.26)


自分も医学系の図書館につとめてるのでこのへんは痛感する。論文そのものはPubmedでいくらでも探せるけれど,そこに書いてある内容を理解するのは困難で,かといって信頼できる医療情報でかつ平易に読めるものというのは,必ずしも多くはなく,そして探しにくい。このへんは改善のためにいろいろな試みが現在進められているところだと思う。

地域の住民がみなそれぞれの書庫を開放し,互いに交流し合うコミュニティーや,学校図書館の書架に生徒が書いた小説が並び,図書館から文学が生れる風景など,生徒たちは話し合いやレポートの中で数え切れないほどの豊かなアイディアを語ってくれた。これらが現実のものとなる日を待ち望むものである。

(同 p.26-27)


書庫を開放し,というのは,以前書いた貸し本棚に似ているかもしれない。本の物々交換は海外ではかなり進んでいるが,書庫の開放となるとまた違う面白さがある。
図書館の書架に生徒の小説が並ぶというアイディアは,いっそ図書館で同人誌のイベントを開いたら,とか前に書いてたのを思い出す。自分がいた高校では図書館主催の委員会誌を毎年発行して販売してたりしたのだけど,そういう動きをもっと拡大できたらなあ,というのは思いますね。図書館主催で地域の人々の作品集みたいなのを作るとか。*12
こういうアイディアが出てくるところから,授業の中の議論が十分にしっかりしたものであることが容易に推測できる。なかなか興味深い内容でした。ほかのアイディアも聞いてみたいですねえ。

*1:大学図書館関係の雑誌。発行は大学図書館問題研究会。

*2:いや,大学図書館の未来の利用者なので関係ないこともないのですが。

*3:教室に居たくない生徒がくるらしい。成績をつけない大人が話を聞いてくれるのが大切だとか。

*4:おかげでマンガもラノベもオタ好みのする資料集とかも豊富でした。

*5:新聞記事は軒並みnot foundですのでこれだけ

*6:片や貸出至上主義のドン,片や世界でも先進的なサービスを進めているニューヨーク公共図書館。立ち位置が違いすぎる。

*7:教える側に最初からそういうアイディアがあったわけではなく,生徒との話し合いの中で思い立った企画だったらしい。

*8:普通は「開館している時間」の意味で開館時間と言うのですが

*9:キャレルとかのことかなと。

*10:週1日と1日以下の違いがよくわからんのはわたしだけでしょうか

*11:20点満点とかは20点なのか半分に割るのか?

*12:まあ,世代が交じると統一感のない本になりそうですが