図書館で他の図書館の本も借りられるんだよ,って話(旧題:あいえるえるの話。)

(Hebiさんに改題希望もらったんで直しました。すみません)


たぶんkmizusawaさんのエントリに関連して,はてな内で図書館民営化論議がちょっと出てますね。

自分自身は民営化で公益が達成できるかどうかは正直「わからん」としか言えないように思ってます。うまくいくかどうかというのは結局,どういう人がいるか,とか,どういう風にことが運ぶか,とかの偶発的なパラメータに依存している気がするので。公立だってダメ職員ばかりではどうにもならんし,民営だってコミュニティと上手く連携すればよくなるでしょう。
ちなみに指定管理者制の,かなり根幹的な問題点の指摘として「指定管理者制度をまともに機能させようとすることは大きく矛盾した行為」だというtohru氏の指摘を紹介しておきます。このあたりの論議では一番納得いったので。


で,本題はこっちではなくて以下。

図書館の公益が「知る権利」の確保であるのなら、例えば一行政区に国会図書館並のデカい図書館を一つ作って、あとは学校や駅やコンビニ、各家庭のパソコンや携帯から図書検索システムのインフラを整備していつでも何処からでも好きな書籍を借りたり書籍検索出来るシステムを整備したほうが良いんじゃないかとか思ってしまいます。

煩悩是道場 - 図書館運営に於ける「公益」とは何であるのか

新品の購入にこだわらない(特にベストセラー)とか、出版社と交渉して割引購入できるようにするとか、近隣の市町村で連携して「その本は、うちの図書館にはないけど、隣町にはあります。手数料(配送代程度)を払えば、取り寄せも可能です」みたいなサービスをするとか、考える余地はたくさんありそうです。

23mmはてな日記 - いや、意見ってほどのもんじゃありませんが。


えーっと,ですね。
「図書館間相互貸借」*1というサービスがございます。
端的にいえば,図書館同士での本の貸しっこです。このサービスは,およそ図書館として機能しているかぎり,ほとんどの館が行え,またほとんどの館に対して行えます。
このサービスがあるかぎり,事実上,世界中のどこかの図書館で持っている資料であれば,何らかの方法で,あなたの家のお近くの図書館で利用することが可能です。


たとえば国立国会図書館は国内の図書館でのこのサービスの総元締めみたいなもので,(登録は必要ですが)館種*2に限らずどんな図書館でも,国会図書館の本を借りることができます。たぶんシステム上は学校の図書室なんかでも可能でしょう。ちなみに国会図書館からの送料は無料,返送時の送料のみ負担すれば利用できます。*3

またもし,外国の資料で国内にないものなどがあれば,海外の国立図書館から本を借りることもできます。British Library *4なんかはこのへんのサービスをかなり勢力的にやっており,よほど希少な資料でなければ快く貸してくれます(こちらは有料)。またBritish Libraryほど使いやすくはないですが,世界中の国立図書館は原則として,自国の出版物について,どの国のどんな小さな図書館から依頼されたとしても引き受ける義務があったりします。もちろん例外はありますし,実際に貸すかどうかは相手の好意次第ではあるのですが,わりと図書館はお人好しが多いので,よっぽど問題がないかぎり貸してくれます。
つまり,あなたの町の小さなさびれた図書館では,その気になれば世界中の本を取り寄せて読むこともできるんですよ。もちろん,職員さんがやる気になれば,ですが;*5


まぁでも,海外の図書館まではいかなくても,国会図書館あたりからの本の取り寄せは普通に市立図書館なんかの図書館*6でやってくれると思います。
国会図書館は(建前としては*7)日本で出版されたすべての本が所蔵されていますので,およそかつて出版された本で,あなたのお近くの図書館で利用できない本はないことになります。
ただし,これだけでは効率的な資料の流通はできません。なんといっても国会図書館の本は「たとえそれが世界で一冊になろうとも保管してなければいけない」という性質の本です。はっきりいって定価とかそういうのとは別次元の価値があります。たとえ利用者が読みたいといっても,本来あんまりみだりに郵送したりしていいものではないのです。
また,ある本を同時に二館以上が取り寄せの依頼をしたとしても,国会図書館は複本を用意してませんので,一度に利用できるのは一館だけです。もう一館の利用者は待たなくてはなりません。これが三館四館となれば,当然利用できるまでの時間は長くなります。
あと現在ではあまり問題ではないかもしれませんが,国会図書館は関東に一館(少し前に関西にもう一館できましたが)しかありません。関東近県の図書館なら発送の翌日には利用できるかもしれませんが,北海道なり沖縄なりの図書館に届くのには時間がかかります。まぁ一日二日程度ですので気にするほどではない気もしますが,基本的には利用者はなるべく待たせるべきではない,というのが図書館の中の人の論理です。


たとえ市立の図書館で国会図書館の本が借りられても,こんなに待たなくてはいけないのでは困りますよね? もっと近くに大きい図書館があって,国会図書館の代わりにそこから本が借りれたらいいですよね? できたら地域に一つずつそういう図書館があれば,一度に同じ本をそれぞれの地域で利用できるし,紛失したとしても国会図書館の本は傷つきません。そうそう,ululunさんも「一行政区に国会図書館並のデカい図書館を一つ作って」と言ってましたね。そういうのがあって,各地の図書館でそこから本を借りれたらいいんじゃないでしょうか?




はい,そのために作られたのが,いわゆる県立図書館ですw*8


県立図書館というのは,本来は市立図書館などの普通の図書館とは違い,あくまで「図書館のための図書館」であります。最近は一般貸出を行ったり,多くの閲覧席を持っていたりする館も多いですが,本義は地域の各図書館のサポートであり,直接来館する個別の利用者へのサービスというのは二次的なものです。*9
つまるところ,ululunさんの提案するモデルに合わせて説明すれば,「国会図書館並のデカい図書館」が都道府県立図書館,書籍を借りられるコンビニや学校などのサービスポイントが各市町村立図書館,というモデルなのですね。*10現行の図書館の考え方としては。


もちろん,いわゆる都道府県立図書館は,いくつかの例外を除けば,国会図書館と並ぶほどの規模はありません。*11また,市町村立図書館は学校*12や駅やコンビニ*13ほど便利ではないでしょうね。蔵書検索は一昔前は本当に不便だったのですが,最近はネットで蔵書検索できないところの方が珍しいですし,携帯電話から検索できるところも出てきてます。*14大学図書館では,研究室にいながらにして図書館の本をWebブラウザで読める,みたいなサービスも行われています。*15
実はいろいろやってるんですね,図書館。


まぁでも,どれだけ便利なサービスをやっていようが,どれだけ有用な資料があろうが,利用者にそれを知ってもらえなければ無駄なんですよねorz いや,知らないのが悪いんじゃないんです。広報しきれてないのが問題。

以前に「Webから図書館の本が予約できるLife Hack*16とかを見てても思ったのですが,図書館って本気で便利なサービスを大昔からやっていながら,あまりにも知られてないような気がする。やっぱり広報は図書館の穴の一つなんだろうな。


ブクマ

# 2007年01月03日 sugimo2 sugimo2 図書館 ↑プロキシとしてうまく機能していないから問題なのでは?既にあるサービスなのになぜ使われないのか?を中の人には考えてほしい。

などと叱られちゃったりしてますが。ほんと,どうすりゃいいんですかねえ。*17

*1:英語ではInter Library Loan。略してILL。「貸借」というクセに広義では論文コピーの送付(DDS)なんかも含みます。

*2:公共図書館とか大学図書館とか。

*3:国会図書館にかぎらず,公共図書館系はだいたいこんな感じ。この返送料分も図書館で負担してくれる場合もあり,公共図書館ではほぼ無料で使える。一方,大学図書館では送料も負担しなきゃだったり,手数料とるところがあったりで,たいがい有料。公共図書館間,大学図書館間では問題にならないけれど,公共-大学間の相互貸借だとこのへんがしばしば面倒になったり。横浜あたりで大学と公共図書館の相互貸借インフラができたけれど,ああいう動きがあまり広がらない理由の一つがこれ。

*4:和名は英国図書館とか大英図書館とか。通称BL。Boy's Loveではないので注意。

*5:海外とのILLは本気でめんどいのです。時間はかかるし,国毎に法律や習慣が違うし,当然英語程度は必須だし,借りられたと思ったら届いた時点で返却期限だったりするし;

*6:地方自治体立の市民向け図書館。いわゆるPublic Library。公立図書館とか公共図書館とか訳される。個人的には公共図書館のが好き。

*7:実際は欠けてる本も多いです。以前に長門有希の100冊を調査したさいも,納本されるはずなのに所蔵してない資料が数冊ありました。

*8:正確には都道府県立図書館ですか。各県が運営してる図書館。道州制とかになったら合併するんですかね,あのへんは。

*9:なので「県立図書館の来館者が○○万人」みたいなニュースは,図書館の中の人的には複雑な気持ちにならざるをえなかったり;

*10:このため,逆にいえば各市町村立図書館が持っているべき資料というのは,頻繁に利用される資料と,その地域の人だけが利用するような資料に限定されます。ブクマで書いてた「プロキシ」というのは前者の機能のことで,プロキシサーバ同様によく使用されるデータを効率的に用意しておくのが市立図書館等の役割なのです。

*11:まぁ,もしあったら税金の無駄遣いとか言われてそうですが

*12:ちなみに県立や市立などの図書館の本は,学校の図書室からちゃんと借りられます。まともな司書教諭の先生がいればですが

*13:駅とかコンビニとかで図書館の本の貸出返却のできるところもありますね

*14:それでも使いづらいので,勝手に携帯電話向けの図書館横断検索サービスを作ろうかと画策中。

*15:東大のe-DDSサービス著作権の問題があるのか,同じ大学内限定ですが。

*16:四五年前には,この手の機能はどこのベンダでも標準装備になってたなあ。。。

*17:まあ実はmyrmecoleonは大学図書館の方の人で,こっちでは図書館間相互貸借は貸出並に日常的に使われてるんですけどね。ニーズもあるし,毎度のようにガイダンスしてるし,インフラも整えてありますので。公共図書館特有の事情とかは正直わからん。けっこう利用あるような話も聞くんだが?