Zines Libraries - 同人誌図書館の先行事例


RSSリーダでだらだらと記事を眺めてたら,国立国会図書館カレントアウェアネス-R*1「同人誌の整理に伴う困難とは?(米国)」というタイトルを発見。さいきんあんまり書いてないけれど,同人誌図書館はここの重要なテーマのひとつなので,なになにどういうこと,と思って元記事のFile under other - The Boston Globeを読んでみる。


結論からいうと,同人誌といってもアメリカ文化でのZineFanzine。ZineはFanzineの省略形)で,日本のコミケで売ってる同人誌とは似て非なるもの*2のコレクションの話らしい。Zineは個人または少数人の団体が自己表現のために非営利で自主出版した出版物,という説明だけ書くと日本の同人誌と変わらないものの,どちらかというとロックやパンクあたりの音楽と親和性が高いようなので,イメージとしてはかなり違う。ただし日本の同人誌でもコミケのマイナージャンルはわりとこっちのイメージの方が近いかもしれない。まあ程度とお国柄の違い。


記事によればこうしたZineのコレクションをもつ図書館は公共図書館を中心に全米でもいくつかあるらしい(リストはこちら)。図書館へのZineの寄贈そのものは1990年代中盤から行われてきたが,その頃は多くが寄贈者が勝手に送りつけてきたものを不承不承整理するようなもので,図書館から主体的な収集をはじめるようになったのは2000年代に入ってかららしい。Salt Lake City Public Libraryがその先駆的な例。


記事のバーナード大の Jenna Freedman が Barnard College Zine Library の設立の提案をしたのは2003年。すでにZineのコレクション自体はNYPLほかで前例があり,大学からの不満はあまりなかったらしい。Freedmanさん自身がかなりZineに親しんでたらしく,10代の頃には青春をZineに費やしたとかなんとか。
しかしそれでも実務面では困惑することばかりだったそうで,

Where does the bar code go? Where might one affix the card for stamping due dates? Does the toner from photocopiers, used to publish many zines, decompose faster than normal ink? And most pressing, Freedman says, is what to do with the stuff sometimes enclosed in zines: the audio cassette, tea bag, or condom.
(意訳:どこにバーコードをつければいいの? どこに納入日付をスタンプすれば? コピー機のトナーは通常の印刷のインクより分解が早かったりしない? それにこのはさんであるカセットテープやティーバッグやコンドームはいったいどうしたら。。。。)

という感じだったらしい。
バーコードや蔵書印のたぐいはどうとでもなりそうな気がするのだけど,コピー本の劣化の問題は気になるところ。あとおまけにいろいろつけるのはあちらも同じようですね。
同人誌では,さすがにコンドームは見たことないけど……でも東京都指定のゴミ袋なら買った覚えがあるなあ;
まあ目録規則のどこを読んでもコンドームの目録の取り方なんて書いてないわけで(当然),Freedmanさんは仕方なく片っ端からプラのスリーブに入れてから中性紙の段ボール箱に詰め込んだそうな。結局ものを言うのは段ボールだってのはイワえもんと同じ結論ですね(違


またこんなことも言ってる。

"I think because we're all making it up, everyone is trying something and we'll see what the best practice is," Freedman explains. "Zinesters are not thinking about libraries when they write them" -- rarely do they contain copyright statements, dates of publication, or even reliable contact information.
(再び意訳: あたしらは全部一からやらなきゃいけないんです。Zinester*3たちは本を出すときに図書館のことなんて考えちゃないんですから。著作権表示もなければ出版年も書いてない,ちゃんとした連絡先さえないんですよ!)

ああ,ないよなー,と思いつつも,よくよく考えるとコミケとかの同人誌って案外出版年とか書いてあるかも(信じられるかは微妙だが)。最低でもメアドかサイトのURLぐらいはあったり。このへんはもしかすると状況が違うかも。また日本の同人誌は特定のイベントに集中的に発行されるのが常態になってしまってるので,発行年の推定がしやすいという利点もあり。
なお,著作権表示はアメリカのお国事情*4なんでなくても問題ないです。


まあこのへんは愚痴みたいなものですが,根本的な問題としてあげられてるのが二題ある。

  • is a zine a serial or a monograph? (同人誌(Zine)は逐次刊行物か単行書か。)
  • the disconnect between zines and Library of Congress terminology (Zineと議会図書館の用語法との断絶)


前者は,簡単に言えば同人誌は雑誌の仲間なのか図書の仲間なのか,という話。いろいろな点から考察できるが,書いてたら長くなってしまったので後日記事にする。


後者は,Zineを目録にとるときには,LCSH*5を使用するのは適当でない,という話。
例として以下のような話があげられている。

  1. あるレイプ事件の被害者が出した本が,著者が自らを"rape survivor"(レイプからの生還者)と呼んでいるのにもかかわらず,LCの方式では"Rape Victims"(レイプ被害者)とふられてしまう。このことは彼女に新たなトラウマを作る恐れがある。
  2. "Boobs*6, Boobs the Musical Fruit"というタイトルのZineがあり,Freedmanさんはこれには"Having Large Breasts(巨乳)"という件名をふりたいが,LCSHを守るかぎり"Breasts -- Social Aspects(社会的側面における「胸」)"という件名をふらざるをえない。


1の例は,件名の語句と個人の心情が関わるという意味で,前のハンセン病の話なんかとも関わる気がする。探索のためのツールであると割り切れば,わざわざ言い換える必要はない。でもわからなくはない。しかしそれが進んで言葉狩りに,ってのはやはり問題。程度というかバランス感覚というか。
2の例は,これはむしろLCSHに適切な件名がない,という事例にあたると思う。胸の大きな女性の苦労を知りたい人がすぐに"Breasts -- Social Aspects"を探せるとはとても思えない。日本でいうなら,「メガネっ子萌え」の本はどこを探したらあるんだろうとかを考えるとよくわかると思う*7


ただ,同人誌の主題組織化を考えたときに,まず件名が浮かぶ,ってのは興味深い(自分はまず分類法を考えましたっけ)。やはりアメリカの図書館は件名文化なんだろうか。




これらのほか,Zineを図書館で収集・管理することについて,どんな問題があるかについては,Salt Lake City Public Library でそれを担当した Julie Bartel の書いた以下の図書が詳しいらしい。


From A To Zine: Building A Winning Zine Collection In Your Library

From A To Zine: Building A Winning Zine Collection In Your Library


また現在この分野で精力的に活動している人物としては,この記事に登場するJenna Freedmanのほか,作家のSanford Berman,Wisconsin Historical Society の図書館員 James Danky がいる。


またZineを図書館で扱うことについての各種の論文は,Barnard Library & Academic Information Services | Libraryに詳しい。


とりあえず今回はこれくらい。
日本の同人誌とZineは違うとはいえ,それを図書館に置くとなると生じる問題はなかなか似たところがあり(また違うところもあり)面白い。なかなか参考になりました。

*1:国内外の図書館関係の最新ニュースを配信しているサービス。

*2:というか,日本のが特殊なものに偏っているというべきか

*3:Zineの作者。同人作家みたいなもの

*4:アメリカでは昔は著作権が登録制だったので,本には著作権表示が必須でした。いまは日本と同じ無登録制なので有名無実。でも慣例として著作権表示が残っている。

*5:米議会図書館の件名標目表。アメリカの件名のスタンダードらしい

*6:おっぱい,ぐらいの意味

*7:ちなみにNDCだと「眼鏡」は医学または精密機器の分類の下に入ります